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”何が真実で何が嘘?” デカルト「方法序説」から考える <Part1>

「何が真実で、何が嘘かが分からない」

みなさんはそんな事を感じた経験がありますか?

 

この世の中には嘘か真実かわからないことがたくさん存在します。

 

たとえば、約450年前コペルニクスが地動説を主張するまでは、「太陽が地球を中心として回っている」という天動説が絶対的に信じられていました。

 

何の根拠もないのにです。

 

現在では「地球が太陽を中心として回っている」ことが観測され、地動説が常識となっていますが、その考えが広まるまでには様々な価値観の対立がありました。

 

2014年には、理化学研究所の小保方晴子さんが見つけたという「STAP細胞」に関する論文が世界一の論文誌であるNatureに記載されるという快挙が報じられました。

捏造の科学者 STAP細胞事件

(当時話題になったSTAP細胞事件。日本の科学界に激震をもたらした。

 なお「STAP細胞はありまぁす!」のセリフはあまりにも有名。)

 

「世界一の論文誌であるNatureに記載された」という事実のみが先行し、報じられた快挙を人々は信じ込み、小保方さんはまるでノーベル賞受賞者のように扱われました。

 

しかし、この論文は実際にはねつ造されたものであり、「STAP細胞」はありませんでした。

 

嘘と真実を見分けるために

この2つの例にもれず、世の中にはたくさんの”嘘”が存在します。

 

それらの嘘の中には、詐欺や闇金のように、僕らを奈落の底に落としうるものが存在するのも事実です。

 

だから僕たちは「嘘を見抜き、真理を見出すための方法」を探すことが急務なのです。

 

その方法を探すために、フランスの哲学者デカルトの書いた「方法序説」は最高の教材だと思います

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ルネ・デカルトRené Descartes1596年3月31日 - 1650年2月11日)は、フランス生まれの哲学者数学者合理主義哲学の祖であり、近世哲学の祖として知られる。  wikipediaより抜粋

 

「方法序説」、別名理性を正しく導き、学問において真理を探求するための方法論」すべての人が真理を見出すための方法を求めて書かれました。

 

当時はまだ科学の黎明期…。

 

その時代にこの「方法序説」が出版されたことで、後の科学は大きく影響を受けます。

 

デカルトがこの著書の中で出した考えは「近代合理主義」とも言われる科学的な厳密性を重視するものだったからです。

 

 

「何が真実で何が嘘か?」

誰もが持つその疑問に対して、彼はある方法論を作ることで、その問題へ立ち向かっていきました。

 

その中で生まれた屈指の名言「我思う、ゆえに我あり。」近代精神の確立でもあったといわれています。

 

今回の記事では、真理の探究のために、彼が

どういう方法を使ったのか

なぜその考えに至ったのか

に注目して書いていきたいと思います。

 

歴史を変えた作品である「方法序説」から学ぶものは、現代の情報過多によってますます物事の真偽が分からなくなった僕らだからこそ、多いと思うのです。

 

1章 学問に対する考察

デカルトの探究心と疑念

 1596年フランスで生まれたデカルトは幼いころから書に親しみ、論理学や雄弁術、語学などさまざまな学問に触れながら育ってきました。

 

あまり学ぶ人がいない学問である占星術や錬金術に関する本まで読破するほど、デカルトは知的好奇心が旺盛で、研究熱心でした。

 

そんな若き日のデカルトの学問に対して浮かんだ疑問が「何が真実か」という疑問です。

 

それぞれの学問の価値を認めていたものの、彼は論理によって真理に近づいていくはずの学問の基盤の脆弱性に気づきます。

 

当時の最も核となる学問「哲学」の1つの命題に対する答えが、学者たちによって全く違ったからです。

他の学問もこの「哲学」の上に成り立っているので、彼は現状のすべての学問を信頼できないと判断しました。

 

そうだ、旅に出よう

どの学問も厳密ではない、真実ではない...。そう思ったデカルトは書を捨て旅に出ます。

 

「世界という大きな書物」の中で、さまざまな人やモノに触れ、さまざまな経験をすることで、真理を見出そうとしたのです。

ヨーロッパの街角 中世香る町、愛らしい村

 結果として、彼が求めている真理は見つかりませんでしたが、様々な人々の文化を観察するうちに彼は1つ重要なことに気づきます。

 

われわれにはきわめて突飛で滑稽に見えても、それでもほかの国々の大勢の人に共通に受け入れられ是認されている多くのことがあるのを見て、

 

ただ前例と習慣だけで納得してきたことを、あまり固く信じてはいけないと学んだことだ。

 

2章 探究した方法の主たる規則

1619年ごろ三十年戦争に参加するために、ドイツを訪れたデカルト。

 

彼は与えられた宿の暖かい暖房のそばで、誰に邪魔されることもなく思索の日々に耽ります。

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その日々の中で彼の頭にある方法の1つ1つが固まっていくのです。

 

まず彼が考えたことは、1人で方法を考えることでした。

 

複数人によってなされた仕事は、

1人によってなされた仕事の完成度には及ばない。

 

統一性の観点から、多数の建築家が建てた家よりも、一人の建築家が建てた家の方が優れているように、方法も自分で考えた方が良いものができると考えたのです。

 

よって彼は今まで自分が受け入れ信じてきた意見から脱却して、自分一人で方法論を編み出そうと決意します。

 

そうして考えぬいた末、生まれたのが「4つの規則」です。

 

4つの規則

明証性の規則

第一は、私が明証的に真理であるとみとめるものでなければ、どんな事柄でもこれを真実として受け入れないこと。

要は、独断と偏見を避けて、慎重に物事を判断するということ

 

疑いのある事を土台に考えちゃったら、ダメですよね。

 

分割の規則

第二は、私が検討しようとする難問を、必要に応じて、多数の小部分に分割すること。

途方もない目標を一気に達成しようとする人いませんか?息切れしてしまいますよね。

 

小さな目標に分割して考えればいいんです。

 

どんな難しいことも、まずは分けて考えることで、優しくなることが多いのです。

 

段階の規則

第三は、最初は最も単純で認識しやすいものから始めるということ。

段階を追ってもっとも複雑なものの認識に至り、秩序を仮定しながら、私の思考を秩序だって導いていくこと。

単純でわかりやすいものから始めて、段階的に難しいものへ取り組む。

 

それを繰り返していくことで、僕らは複雑な問題に対処することが可能となるのです。

 

物事を順序立てて整理することが大事なんですね。

 

列挙の規則

最後に、自分は何ひとつ見落さなかったと確信するほど完全な列挙と、広範な再検討を行うこと。

要は、見落としがないか確認すること

 

油断して確認を怠ると失敗します。

 

前半まとめ

世界的名著の1章、2章いかがだったでしょうか。

 

根拠のない独断と偏見を避け、自分なりの方法論を確立していく...。

 

僕ははじめにこの書を読んだとき、度肝を抜かれました。

これが400年前に書かれたことに驚くばかりです。

 

「方法序説」の2章にでてくる「4つの規則」。

 

明証性の規則、分割の規則、段階の規則、列挙の規則...。

 

この方法論もそうですが、むしろこのシンプルな方法で真理にたどり着こうという姿勢から、今を生きる僕らにも参考になることが山ほどあります。

 

「何が真実で何が嘘か」

それが分からなくなった僕らは、その判断を他の権威に任せがちです。

 

しかし、「方法序説」のデカルトの姿勢から学べることは、

自分で「真実を探す自分なりの方法」を確立させておくことだと思うのです。

 

なんとなく他の人の言うことを信じるのではなく、自分の価値基準、判断基準を創ったうえで問題に対処する...。

 

それが、1章、2章の「方法序説」から学べることではないでしょうか?

 

今回は1章、2章について書きましたが、次回3章、4章についても書こうと思います。

 

「我思う、故に我あり。」がどうして生まれたのかが、気になるところですよね。

それではまた!

 

方法序説 (岩波文庫)

方法序説 (岩波文庫)